2015年3月25日水曜日

友人との別れ



今日は悲しいお知らせがあります。316日に、GRAPHISOFTの共同創立者であるTari Istvan Gabor(タリ・イシュトバン=ガーボル)氏が逝去されました。人々は彼を“GRAPHISOFTPaul Allan”と呼んでいました。私たちの会社を創設したプログラマー2人は、Microsoftの伝説的なコンビ、Bill Gates氏とPaul Allan氏に似ている点がたくさんありました。私たちの“Bill Gates”はBojar Gabor(ボヤール・ガーボル)氏です。休む間もなく会社の中心であり続けた彼は、ほどなくコードを書くことをやめました。ビジネスマンとして会社の指揮をとるためです。一方でコンビの“静かな方”、Tari氏はプログラミングを続けました。Bojar Gabor氏は、時折ジョークを交えつつ「私はプログラミングがあまり得意ではなかったからマネージャーになったけれど、Tari氏は非常に才能に恵まれていたため、マネージャーになる必要はなかったんだよ。」と称賛していました。また、Tari氏は第2の筆頭株主でした。

私は長い間個人的にも彼と親交があり、いつも陽気で、皆を助けていた彼を思い出します。以下、誰よりも彼のことを知っている私たちの会長、Bojar氏の最後の別れの言葉を掲載します。
  

当社の創業1982年から引退される2004年の間、卓越した能力、絶え間ない努力、そして社員全員を巻き込む熱意でGRAPHISOFTをハンガリーIT業界における国際的な成功ストーリーへ導いたことに、心からの感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

Tari Istvan Gaborの記憶は当社製品の何百万ものコードラインで生きています。その中でも、彼が生み親であるGDL言語は、当初からは大きく変化したものの、コンセプトは今も変わりなくArchiCADの「心」だと言えるでしょう。