2010年11月26日金曜日

「技術」と「法律」のガラパゴス

10月に私はグラフィソフト社が開催する日本とヨーロッパの大手ユーザーに向けた会議の為、ハンガリーに戻っていました(もう少し早く書けばよかったのですが、この時期は予算編成に加えて、このようなイベントがたくさんあり、非常に忙しかったのです)。ブダペストに到着した最初の2日間、まず、私たちは現地企業を訪問し、CEOから将来展開の話を聞き、グラフィソフトのソフトウェア開発者から直接、新技術の発表を聞き、そして、開発者とのラウンドテーブルディスカッションを開催しました。このディスカッションは、ユーザー同士、お互いに話し合う場という形にしました。参加者の皆さんも、このイベントの最も価値のある部分であったと感じているのではないでしょうか。

私にとって、このディスカッションで2つ、注目すべき結論がありました。まず、数年前まで顕著だった日本におけるBIM技術の遅れは、もはや見受けられなくなったということです。日本の参加者が使用しているソリューションはヨーロッパと比べて見劣りすることはなく、両者はお互いに多くのことを学んだのではないかと思います。しかし、これは日本での大手ゼネコンや大規模な建築事務所を例にした話であることを忘れてはいけません。小規模および中規模の企業の格差は依然として残っているように思えます。これらの企業のBIMへの意識や実運用は、米国、特にヨーロッパと比べると、大きな差が否めません。ヨーロッパの小規模な設計事務所はBIM利用が進んでおり、大手設計事務所に対しても十分競争力があり、小規模であるという欠点を意識しているため、技術力で勝っている場合さえあります。しかしながら、日本の多くの事務所はBIMを扱うことをせず、「大企業向けの話」という考えを持っているように思えます。このような考え方では、仕事を獲得する可能性(すなわち、経営継続の可能性)が競争激化する中では低くなる、ということに気付いていません。しかし、悪いことばかりではありません。私は大企業の内の少なくとも一部が、「技術」のガラパゴスから抜け出していることを嬉しく思っています。また、間違いなく多くの企業がこれに続くと思います。

ただし、ヨーロッパが明らかに先に進んでいる分野があります。私が以前主張したように、BIMの進歩は単に技術の進歩に依存しているだけなく、周辺環境である法律や商業体制を整備することが重要です。このような体制が整備されず、建設における関係者の情報交換が従来の印刷された図面の交換に限定されている限り、BIM2D図面を作成するためだけの情報となり、その進歩が遅れてしまいます。しかし、3D BIM情報が本来の形で情報伝達に利用されるようになれば、導入が大幅に高速化されます。私はこの変更が徐々に行なわれると予想しており、初期の段階でBIMデータは従来の2D図面を補完する情報として添付され(私が「ハイブリッドBIM」と呼んでいるものです)、徐々にデータ交換の主要な役割を果たすでしょう。当然のことながら、BIMデータがこのような役割を果たすようになれば、新しいデータ形態、役割、所有権、使用方法を盛り込んだものとして契約書を書き換える必要があるでしょう。これは決して簡単な作業ではありません。建設プロセスの基本構造の変化であり、業界を根本的に変えてしまうものです。ヨーロッパではすでにこの論争が起きていますが、まだ明確な結論があるとは言えません。時に矛盾するような様々な手法があり、BIMデータを含む標準的な契約書の数も増加しています。この変化が勝者と敗者を産むことになると思いますが、より積極的にプロセスに影響を及ぼそうとするものが勝者となるであろうことは言うまでもないでしょう。私は日本の建設事業の関係者は、BIM導入におけるこうした側面も力を入れる必要があると考えています。日本が「法律」のガラパゴスに陥らないためにも。。。

2010年10月14日木曜日

It's BLT-time again!

私は部屋に入ると、突然、年を感じました。部屋には25歳前後と思われる、若い人たちでいっぱいでした。そして、彼らの疲労を感じました。今夜は眠るのは数時間でも、もったいないというのが明らかでした。最新のコンピュータを除き、それはまさに私が通っていた古い東工大の研究室の締め切り前日のようでした。














しかし今、ここは研究室ではなく、BLTの二日目、大林組のSAFARI TOURチームの本部です。一年間はあっという間で、私たちはまた、この魅力的な技術祭りの真只中にいます。私は、設計チームのリーダーの一居さんに「なぜ『SAFARI TOUR』なのですか?」と尋ねました。すると彼は、「私たちはこれから地図に載っていない、まるでサバンナのような領域に向かうのです。まさに冒険だからです。」と答えました。














確かにその通りです SAFARI TOURチームは明らかに容易な方法を選んではいません。平面図でも壁はでこぼこしていて真っすぐな角度はほとんどなく、建物そのものも急勾配の坂に垂直方向に配置しています。スケッチするのは簡単ですが、モデルを作成するのは非常に難しいことです。 RhinocerosGrasshopperを使用してマスモデリングを作成し、その結果を3DS形式でArchiCADに下図として取り込み、詳細なBIMモデリングを作成します。

建物の一部は設計段階ですが、チームメンバーは既にBIMのモデリングに熱心に取り組んでいます。ArchiCADの「チームワーク」機能が共同作業を可能にしているので、作業も順調です。同時に、最先端の新技術(例えば、近々発売予定の生活産業研究所のArchiCAD上で実行できるADSBTおよびPALソフトウェアのベータ版)を使用してモデルの分析もしてます。また別の部屋ではエンジニアがIFCに変換されたファイルを基に、構造および設備設計に取り組んでいるようです。「OPEN BIM」は単なるコンセプト以上のものになっています!











SAFARI TOURはもちろん、勝利を望んでいます!」「しかし、結果はともかく、新しい技術や物事を成し遂げるための新しい方法を学ぶことだけでも素晴らしいことです」。確かに、それがBLTの素晴らしいところです。明確な目標があり、期限と熾烈な競争があり、しかしながら、リスクの少ない実験の場面なのです。結局のところ、最大の勝利はチームが後に実際のプロジェクトで経験を生かせるかどうかなのです。

2010年10月12日火曜日

ArchiCAD 13の裏話

再び誕生日パーティーです。本日、私たちは新しいバージョンのArchiCAD 14の誕生を祝っています!

ソフトウェアの寿命は、大変短いものです。ArchiCAD 13のリリースはたったの1年前ですが、私たちはすでにお別れを告げることとなりました。*1
13も、もちろん革新的なバージョンでしたが、新しく生まれ変わる時です。















ArchiCAD 13から14へのバージョンアップと共に、今日は13にまつわる裏話をお話しましょう。西洋では、「13」は不吉な数として考えられています。事実、13番を含む多くの不幸な出来事が起こっています。最も有名なのはアポロ13号の事故です。あるいはこの業界では良く知られているあるCADソフトウェアの13番目のリリースも悲惨だった事を覚えておられるかもしれません。

ArchiCAD 13のリリース前には、ブダペストでバージョンの名前についてどうするべきか、様々な議論がされていました。「13を飛ばして14にするべきでは?」、「例外として、とりあえず他の名前で呼んでみては?」、それとも、「一旦番号は辞めて、主流になっている年号スタイルにしてはどうか?(Windows'97のように)」…私たちはこの問題を、グラフィソフトにとっての不吉な数字というより、第一にお客様を非常に心配していました。もし万が一、お客様がこれを不吉と考え(結果として購入をためらうなら)、これはやはりグラフィソフトにとっても大問題なのです。















しかし、最終的には13という数字のままに決めました。私たちはそのようなリスクを恐れている会社ではないと考えています。結局のところ、私たちは常に危険と戦っているのです。ささいな事に恐れることはないのです...そして1年経った今、ArchiCAD 14 が13に取って代わり、それは良い決断だったと言って差し支えないでしょう。なぜなら、ArchiCAD 13は過去のバージョンの中で、最高の売れ行きを記録したからです(日本を含む全世界で)。この記録もそう長くは続かないと確信していますが...

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*1 もちろん引き続き、ArchiCAD 13と12もサポートして参ります(常に2バージョン前までのサポートを実施しています)。

2010年9月21日火曜日

BIMへのハードランディング

「それは出張の時でした」とジョジョ氏は説明します。「事務所から連絡がありました。『社長!もう大変です!』でももう元には戻れません。全てのコンピューターからAutoCADをアンインストールするように指示し、念のためIT室にパッケージだけ残させたのです。」
AIDEAフィリピン社の代表アベラルド・「ジョジョ」・トレンティノ氏のプレゼンには驚かされました。ジョジョ氏のメッセージは、私が日本においてBIM普及のために宣伝してきた内容と正反対だったからです。つまり「大手では徐々に導入し、会社全体で一度に移行しないでください」というものです。私はずっと間違ってきたのでしょうか・・・?

8月に、フィリピンのセブで行われたグラフィソフト社主催の年次アジアパシフィックパートナーカンファレンスに出席しました。AIDEA社は招待講演者で、アジアのビジネスパートナーに対するBIM導入事例を紹介していました。BD World Architecture (WA)のリストによれば、現在AIDEA社は世界100位に入る大手建築事務所で、92名の設計者が在籍しています。8年前に設立された事務所にしては素晴らしい功績です。

トレンティノ氏によると、
BIMを戦略の中心にしていなければ実現しなかったとのこと。AIDEA社のこの劇的な決定を行った理由は2005年にまでさかのぼります。会社は急成長していましたが、緊急な対応が必要とされる不安の兆しがみられていました。優秀な人材の維持ができない、納品物の品質と精度に関する不満、より低い金額での地元企業からの競争が激しくなっていることなどです。

2Dは時代遅れ」で「BIMの導入は必須」とトレンティノ氏は認識したのです。
評価や試行プロジェクトを
RevitArchiCADの両方で行ない、ArchiCADの使用を決定しました。しかし、移行は想像以上に時間がかかりました。研修を受けましたが、締切間近になると設計者は2Dシステムに戻る傾向がありました。
ある時点でトレンティノ氏は「
BIMを使っている時間がありません」という言い訳にうんざりし、この習慣を一気に断ち切ることを決定しました。IT部門に60日間を与え、全てのコンピューターからAutoCADをアンインストールさせたのです。
その時点では、この決定は全員が好んだわけではありませんでしたが、AutoCADカットデー(終了日)がやっててきて、一切の妥協は許されませんでした。ただし、熱心な準備と研修にも関わらず、移行の最初の月には効率が約40%落ちました(物件に費やした作業時間による比較)。埋め合わせるために社員は長時間働きましたが、結果としてこの数字は次第に改善されました。3ヶ月目には効率性が元に戻り、6ヶ月目にはBIMがはっきりと結果を出すようになりました。「やるべきことだったと思います」と導入チームのリーダーであるアルボレーダ氏は語ります。
「とはいえ、それまで誰もArchiCADを知らなかったので、困難なことでした。もう一度やるときには、移行時期には習熟者を採用するべきと主張するでしょう。今では移行も完了し、満足しています。」どれほど満足しているのでしょうか?
「今では完全に
BIMを実践しており、以前では6人で3ヶ月かかっていた作業を2人で2ヶ月で行っています。」と社長は誇らしげに語ります。品質と生産性が明らかに向上したことに加え、BIMを使用することでプロジェクト整合性確認など新しいサービスを提供できるようになったといいます。
この場合、デベロッパーや施工会社が
AIDEA社に発注するのは、他の設計事務所が2Dで作成した設計図書の検証です。AIDEA社は図面からBIMモデルを作成し、不整合を発見して対策を提案します。
最後に、私にとって大きな疑問が残っています。
このいわば「ハードランディング」的な移行方法を皆さんにお勧めするべきでしょうか?同じような移行事例は日本にもあり(特定の日に従来の2Dシステムをアンインストールすることも含め)、このような劇的な手法は移行過程を大幅に加速し、2D作図に戻る可能性を排除することは事実です。移行後の効率は非常に高いため、短期間の移行が企業にとって重要なことは間違いありません。この視点からは、確かに良い方法と言えるでしょう。ただし、このような「高速移行」に着手する前に以下の条件を満たしている必要があります:
  • - 研修と機材更新を含む、徹底的な準備
  • - 短期間の(13ヶ月)生産性低下に耐えられる、安定した経営状態
  • - 20人につき1人の上級ユーザーを(契約)雇用できることが好ましい

最も重要な点:
  • - 経営者からの非常に強力で揺るがない支援
上記のいずれかでも、特に最後の点が欠けているなら、ソフトランディングの方がゆっくりかもしれませんが安全な方法でしょう。迅速な移行は、同時に「ハードランディング」にもなりえるのです。

2010年9月13日月曜日

Power User Conference 2.0

今、私たちは"Web2.0”世代にいて、その流れに乗るために、先日行われたパワーユーザーカンファレンスでは、Twitterのハッシュタグ「#AC14」を事前に決め、トークセッションでのパネリストへの質問や感想などにTwitterを活用することにしました。

初めての試みだったので、完璧ではありませんでしたが、(教訓:Twitterのタイムラインの文字は大きく!最後列の方からも読めるように!)イベントの後半からは、スクリーン上にTwitterのタイムラインをそのまま表示しました。おもしろい意見や、質問が飛び出し、トークセッションの中に盛り込みました。


東京会場@スパイラルホール

いくつかピックアップしてみますと・・・
・ツールが世の中を変えられるのか
shiofoot

・ツールが世界を変えられるか…ツールでコミュニケーションは変わると思いますね。 BIMでコミュニケーションは変わった
o_maijyo

・宮倉さんに質問なんですが、導入後、作業時間は変化したのでしょうか?
arai_masato

・作業時間の変化→多少軽減できているのでは。御回答ありがとうございました。
arai_masato

・BIMの目的は作業時間の軽減ではない。合意形成等のコミュニケーションツールだと考えるべき
o_maijyo
 
・宮倉さんは今後2Dと3Dどちらでも良いと会社から言われたらどっちを取りますか?

saepapa123

当日の関連ツィートをご覧になりたい方は、大阪と東京それぞれの会場ごとにまとめたページをご覧下さい。

9/1 大阪会場: http://togetter.com/li/46862
9/3 東京会場: http://togetter.com/li/48802

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  • @GraphisoftJapan : 我々のオフィシャルなアカウントです。このアカウントをフォローすればグラフィソフトの最新ニュースを逃すことはありません!
  • @GraphiOsaka : こちらは大阪オフィスの志茂さんが、言わば「インフォテイメント(Information+Entertainment)」として、ArchiCADのちょっとしたTIPSや、さまざまなニュースや情報などを伝えています。

最後に今回の私たちの「PUC2.0」を盛り上げたTwitterの実況をしてくださった@orihihs0yさん、@jakkal0623さん、@yukio19さん、@shiofootさん@arai_masatoさん他のみなさん、ありがとうございました。

2010年9月8日水曜日

原さんの思い出

原さんは行ってしまいました。

この文章が意味するのはドアを開けて、出張か休暇に行ったかのようですが、もう戻ってくることはなく空席だけが残ります。

最初に原さんにお会いした時、部屋に入ってきて大きな笑顔で若々しい自信をふりまいていました。そうです、実際若く、20歳近く年上にも関わらず、私よりも活動的で力強い方でした。この物理的そして精神的な力の組み合わせが彼のトレードマークでした。私がグラフィソフトジャパンを1999年に退社しても、安心出来る人に会社を引き継いでいただいたと感じていました。


8年間グラフィソフトジャパンの社長として勤務されていた間、東京やブタペストなど色々な場面で一緒に働く機会があり、原さんの仕事に、社員に、グラフィソフト社に対する献身と集中をいつも尊敬していました。ブタペストの社員も、原さんはこの仕事を遥か昔からしているように感じていました。ほとんどの社員の採用、現在の事務所の契約、多くの顧客とのつながりなど、現在のグラフィソフトジャパン社の大部分が原さんの偉業です。今でも原さんの努力の結果を刈り取っているだけのように感じる時もあります。とにかく原さんの思い出を残す最善の方法は、その仕事を継続することです。

最後に原さんにお会いしたのは数カ月前のことで、一緒に仕事の打ち合わせをしていました。打ち合わせ後、コーヒーを飲みながら次の予定について話していました。いつも通り楽観的で、心配事は次のテニストーナメントでは最終戦に残る可能性があるので、その準備でとても忙しい事ぐらいだ、と言っていました。残念ながらその予定が実現することはありません。原さんについて、色々ありますが1つ確かなことは、グラフィソフト社では負けたことがないテニスチャンピオンとして忘れられることはありません。

永遠に。

2010年8月9日月曜日

愛の物語

「私はPC少女。彼はMacさん」。ここからマリアナの話が始まります。イタリアの少年がアメリカの少女と出会い、恋に落ち、結ばれます。二人とも建築家であり、結婚にあたり部屋の共有だけでなく、職場も共有することになります。そして二人でEMUアーキテクツ社を立ち上げます。しかし、そこでいくつかの疑問がわきます。その中の1つがどのOS、どのCADシステムを使うかというものです。

二人はMACとArchiCADに決めました。小規模なヨーロッパの事務所では人気の高い選択です(EMUアーキテクツ社は北イタリアにあります)。さらに興味深いのは、その結論に至る理由です。愛とは異なり、その選択は理論的でした。OSに関しては、Macは価格の割に効果が高く、損するものはないと結論しました。Windowsの互換性はもはや問題とはならなくなりました。
「Macへの投資を最大限活用するというこの需要な決定が、最終的にハイエンドソフトウェアの自由度を利用できる結果となりました。」
CADソフトウェアの選択に関しては、「いままでのやり方」が非常に無駄であることはよく理解していました。エンリコさんはこう語ります。
「2D CADを使って実際のデザインや詳細を行って、レンダリング用に3Dモデルを作成し、別のスプレッドシートを使ってプロジェクトの費用、建材数量、要素一覧などを計算していました。この全てに非常に時間がかかっており、エラーの原因となっていました。」
二人が以下の結論に達したのも驚くにはあたりません。
「疑問を解決するための検証し、この業界でBIMソフトウェアを使用していない人は全く愚かだ、という結果に達しました」
日本では、BIMは「大手だけが手に入れられる」ものととらえられ、小規模事務所において軽視される傾向がありますが、この論議がひっくり返っているのは興味深いことです。BIMは小規模事務所が大手の影響力のある事務所に立ち向かう唯一の最善の方法です。
「これにより二人でも、AutoCADプロジェクトで複数の人が行っていたのと同じ時間で全てのことを完成できるようになりました。できた余った時間でレンダリングや他のやりとり、プレゼンテーション資料を行うことができます。」
この二人の若手建築家がBIMの利点をはっきり理解しているか読むと、ヨーロッパやアメリカで小規模事務所が最も熱心にBIMを推進しており、保守的で、変化に弱く、2Dテクノロジーにしがみついている大手事務所に常に挑戦していることが理解できます。面白いのは、日本でもこのような競争環境は同じなのに、小規模事務所が自分たちに必要なことを認識するのに躊躇していることです。

エンリコとマリアナの話しに戻りましょう。「めでたしめでたし」となっているでしょうか?そうだと思います。ウェブサイトにポートフォリオを載せる時間もないほど忙しいようです。
OSとCADの選択、そしてエンリコのArchiCADの検証に関する記事(英語)はこちらをご覧ください。

ちなみに、EMU社のブログには、
LightworksやArtlantisを使用したレンダリングの方法や、一般的な建築に関する他のいろいろな情報もあります。